自然志向な考え方や、ヴィーガンやベジタリアンの方は食への意識のみならず様々な社会問題や医療など生き方全てにおいて関心が強く意識が高いと感じています。
そもそも、なぜそういう方たちが社会の動きを鋭く見抜けるようになっていくかというと、食や医療の関心から追及していくことで国への不信感から社会の裏側は全て繋がってるということに気づいていくからです。
そういったことに気づいている自然派やヴィーガン志向の方たちが生きていく上で、家族、友人、親戚などの周囲の方と関わるときに物凄い生きづらさや意見の相違を感じていると思います。
そして、大切だと思えば思うほど(女性は特に)感情的にもなりやすいので、無知である周囲の方へ対して激しい憤りや悲しみ虚しさを感じることは多々あると思います。
分かってもらいたいと思えば思うほど、分かってもらえない。
伝えたいと思えば思うほど、伝わらない。
夫婦間なんて特にそんなことの連続なんです。
一人一人が違うように家庭や人間関係も様々なので、今分かり合えることが必ずしも正解ではないと思います。
私たちが周囲の方へ食、医療、社会、政治について話した時に、同意を得られなくて当然です。
私たちは無知な方たちに対して感情的になったり論争するのではなく、現代社会の常識をその都度受け止めなければならないのです。
そして、感情を爆発させるのではなく、いかに真実を淡々と伝えていくかということです。
一度伝わらなかったといって全てを諦めないでください。
人それぞれ生育歴が違うように、その人の今までの生き方や常識をたった一回話しただけで変えようと思うほうが無謀です。
自然派やヴィーガンのほとんどの人は、そうなるまでの常識は全て覆されていると思います。
理解に至れないのは、今までの常識を覆すということが今までの自分の生き方を否定してしまうことになると感じ認めたくないと思うからでしょう。
私たちが本当に戦うべき相手は反自然派、肉食者、ましてや家族や友人でもなくこの社会の常識を創り出した根源です。
知ってる方は分かると思いますが、そんな勢力と一国民では戦うことすらできません。
ですが、いずれ数は力となり大きな勢力に立ち向かうことはできます。
勢力はそれを恐れるために、メディアなどの情報操作をします。(私のアカウントも消えた(笑))
私たちが戦い争うことはあちら側の思うつぼです。
私はこうして情報発信していく中で一人一人が自分で考え判断し見極める力をつけて、そういう考えができる方が増えてほしいと思います。
しかし、私の発信する情報はそれらの判断材料の一つであり、全てではありません。
特定の情報発信者や発信源に過度に依存することは極めて危険です。
自然派やヴィーガンの志向がまだまだ少数派なため、現実社会で孤立しがちです。
特に、出産後の子育て中の母親や専業主婦の方などはすごく視野が狭くなってしまいます。
そんな中で唯一の夫にも共感を得られないなんてすごく悲しくて辛いことだと思います。(私がそうです)
同じ考えを持つ方と繋がることはとても大切なことです。
しかし、そういった中で理解を得られることが快感となるとそういう考えの世界でしか生きられなくなります。
それは、いずれ共依存を生み出し抜けられなくなります。
類は友を呼ぶと言います。
自然派やヴィーガンでなくとも、人間関係は自然と離れたり繋がったりしていくものだと思います。
しかし、あまりにも不自然に理解を得られない人間を排除しようとすることは必ずしも最善でないと思います。
それは一種の現実逃避です。
私たちは、こういう社会に生きているという現実に向き合わなければならないのです。
あなたの家族や友人は、あなたと何らかの繋がりがあったから関係しているんでしょう?
夫だって一度は一生を共にしようと思った相手です。
理解を得られないからと彼らを否定するということは、その彼らと繋がってる自分をも否定することになり得ます。
そんなこととても哀しいことですよね。
ヴィーガンというならば、自分と同じ人間という動物にも理解を示さなければいけないと思います。
植物も動物も人間も同じように共生し合うことが大切です。
私はこういう志向になってから、家族や友人と何度も意見の相違を交わしてきました。
ヴィーガンであるということを正義のように感じていました。
でも、それは私の独りよがりな思想にすぎませんでした。
一番身近にいる旦那の気持ちを共感することもしてあげられていなかった。
一方的に正論を押し付けていただけだったんです。
ヴィーガンが正義で肉食が悪者ではないのだと思います。
女性は感情的になりやすく、肉食の屠殺動画や画像を見ただけでも考えを変えやすいのかもしれません。
性差は思考の違いにも影響します。
理解してほしいなら理解すること。
受け入れてほしいなら受け入れること。
まずは、私たちが彼らが理解できないことも受け入れられないことも理解して受け入れなければいけない。
そういう姿勢が少数派である私たちに今必要なことだと思います。
子どもの為を想うきっかけで自然志向な選択をする方は多いと思います。
現実世界では子どもの為に一生懸命仕事を頑張ってくれてるのは紛れもなくお父さんですよね。
子どもを想う気持ちは同じなのに、一部が原因で対立しあうことはとても悲しいことで子どもの為ではないと思います。
人間関係は白か黒、100か0ではないのです。
お互いに歩み寄り、譲り合い、妥協しながら、それぞれの家庭が築かれていくのだと思います。
自分の意見に賛同が得られない人間を排除し決別することは、ただの独りよがりな自分勝手な行動であり自立ではありません。
対立することだけでは負の感情しか生まれません。
子どもの未来が対立しあうものばかりで溢れさせたくないでしょう。
戦争とは戦い争うと書きます。
この先の未来の土台を作ってるのは私たちなのですから、その模範でありたいですね。
本当に賢明な方は自分の知識をひけらかさない、誇張しない、他人を見下さない、他人を利用しない。
荒々しい言葉を使ったり感情的になってはいけません。
そういった行為が、自然派やヴィーガン=宗教とか過激な団体だと勘違いされます。
はっきり言ってそれは迷惑です。
真実であるならば、真実だけをそのまま伝えたらいいんです。
自信があるなら堂々と胸を張ってたらいいんです。(堂々とするのと虚栄は似て非なる)
そして、情報発信者や影響力のある方は自分の行動や言動に責任を持ってください。
結局、判断していくのはその人たち自身ではあります。
しかし、自分が発信した情報や紹介した人物などに過度に影響される人はいるんです。
そのことで、悪影響を受けてしまった人を自分の責任だと見放すのは、「この商品いいよ~」と勧めて買わせておいて、商品に欠点があった際に、「見抜けなかった自分の責任でしょ」と言い放つのと同じです。
まるで、詐欺行為のようです。
間違いはきちんと誠意をもって訂正してください。
誰かの人生に大なり小なり影響してるからこそです。
大人ならば、親ならば、子どもに恥じないような生き方をしてください。
反対意見を拒み、賛成意見のみを受け入れ支持されてると勘違いし自己陶酔するのも良くないです。
私たちは同じ人間で、一部が優れているように見えても必ず欠点はあります。
常に原点に立ち返り、反対意見も受け入れていくことが必要です。
よく胡散臭い商品には、嘘みたいな褒め散らかしたレビューが何個も何個もありますよね。
支持されてるとわざわざひけらかすのは中身がない証拠でしょうね。
焦らずに一歩一歩着実に行きましょう。
コメントをお書きください
みか (水曜日, 21 11月 2018 09:44)
ryomamさんの伝えたい事、本当にわかります。
わたしもヴィーガンになるまで、ヴィーガンではないわたしが大嫌いでした。それに人にも強要していたと思います。自分の中で、それだけヴィーガンのライフスタイルを送るという事に価値を感じましたし、確信があったからです。
ですが受け止めてくれてはいるものの、お肉やお魚、乳製品、卵を食べ続けてる旦那さんからお肉も食べないと。お魚も食べないとと言われてしまうことが、「今のわたしは受け入れてもらえないんだ」と悲しくなり、何度か本気で離婚が頭をよぎったこともあります。(ワクチンへの理解、自然療法への理解も半々くらいで不安もあるようです。)
わたしは自分の旦那さんを好きになり、結婚し子どもたちに恵まれてとても幸せだという事は変わりないこと。価値観が一気に変化してしまって、元に戻れないのはわたしなんだということを忘れていたんですね。
それを思い出してからは、お肉を食べてと言われる事も軽く流せますし、ワクチンへの理解はわたしが学んだ事をいつでも口で説明できるようにしています。
本間先生の本を見せたり、伝え方も工夫してみると安心してくれる面もでてきました。
お肉を食べる人に沸いた怒りも今はなくて、気づいた人から少しずつでも動物へ優しくなっていって欲しいと思います。わたしも徐々に減らしてヴィーガンになったし、ぼんやりヴィーガンを目指しだして半年はかかりました。やめると決断してからは3か月ですが、実際にやめていってからもお魚のお出汁やお寿司は美味しいと食べてしまっていたんです。その自分を棚に上げて、今お肉を食べる人に強く否定的になることはできないなと。それにヴィーガンに対してもっと「あー、素敵だな」って思って欲しいなと考えるようになりました。
キッカケはしいさんがInstagramであげてくれたリナさんのInstagramライブの内容でした。もう、優しさが滲み出ていて、思い出しただけで涙が出てくるほど愛の世界の中にある彼女の思考にノックアウトされたんです。笑
わたしもキラキラしたヴィーガンだなって思ってもらえるよう、変わります。
争いをして分かり合える確率の低さより、確実にひとりひとりの人に影響を与えることができるようになれるよう頑張ります\( ˆoˆ )/
長々とすみませんでした!
kona (木曜日, 22 11月 2018 08:50)
yromamさんの言葉の重み、説得力が増してきている…!
色んな点で激しく同意します。
私はヴィーガンではありませんが、必要以上に肉や魚を食べているとは思いません。なので、色んな方が〇〇は食べてはダメ!と言うような発信をしているのを見るとモヤモヤするし、悲しくなります。人は一人一人違うのに。
でも、知っててする行動と知らないでする行動は大きく違いますよね。知らない人に気づきを与えたい、価値観のなかなか変えられない人を排除しないという考えはryomamさんの優しさが溢れているなと感じました(^^)
アルパカの妻 (木曜日, 22 11月 2018 10:56)
さっそくブログにシェアさせていただきました!
今年は、過激派集団のひとたちに大切なことを気づかせてもらえました。
動物の屠殺映像等をみて、動物達への想いが強くなり、つい彼らを責めてしまう自分。
肉を食べているというだけで排除してしまいたくなってしまったり、人を判断してしまう自分は
なんだかとても苦しかったです。
秋になり、ようやく彼らに見せられ聞かされてきたことの意味がようやく理解出来て今に至ります。
優しさが大切ですね^^
またブログ楽しみにしてます。
はな (木曜日, 22 11月 2018 11:00)
わー(;▽;)
今の私のことを書いてくれているみたいです(;_;)
今まさにその気持ちです。
理解して欲しい
これはして欲しくない
こうして欲しい
何で分かってくれないの!?
そりゃそうですよね。
私が相手を分かろうとせずに
一方的に分かってもらおうとしてるなんて
相手からすると理不尽ですよね。
すごくタイムリーな投稿で
少し救われた気持ちになりました( ; ; )
ryomam17 (土曜日, 24 11月 2018 23:49)
@みかさん
私もみかさんの気持ちに共感しました。
今までなんでこんな知らずに毎日肉を食べてたのが嫌になったり意見の相違で離婚なんて毎日考えてました(笑)
でも、全ては家族の身体の健康の為なのに自分の心が健康じゃなかった。
特に心は身体の上位中枢と本間先生も仰られてましたからね。
一番は行動で示すことですよね。私たちが健康的で綺麗でいれば、きっと誰もが興味を示してくれるようになると思います。
結局、相手の気持ちを理解できないまま正論を突き通してしまうのは相手の為ではなく自分の為なんだと思います。
人の心を受け入れようとする姿勢が、この先きっと受け止めてもらえるようになることにつながります。
ryomam17 (土曜日, 24 11月 2018 23:59)
@konaさん
ありがとうございます( ;∀;)
そうですね。○○はダメ!では、結論を出してしまってますからね。
本来なら真実を知った上で選択していくのは自分自身ですから、ダメダメだけでは否定されたということしか伝わらなくなることにもなります。
なぜダメなのかはどんな危険性や影響があるのか、そちらの本質に触れた方が伝わるかもしれませんね。
正に、私の旦那が価値観が正反対違う人なので…(笑)
でも、この世界で生きていくということはそういうことなんですよね。
だからといって必ずしも悪いことではないですよ。
今まで変わる人が何人もいたので、これからもきっといるはずです。
ryomam17 (日曜日, 25 11月 2018 00:08)
@アルパカの妻さん
ありがとうございます( *´艸`)
いろんな方のやり方はあると思います。
でも、自分や他人が嫌いになってしますようなやり方は心にとって良くないですよね。
心に良くないなら身体にも良くないです。
ただ、無知な人に対して知ってもらう一つとしては多少の緊張感も必要と思っています。
屠殺場もショッキングではありますが、それが事実です。
お肉の一部がパックになっているのは見れるが、全体像が見れないというのは違うように私は思いますね。
しかし過激に挑発するのはかえって反発心を生み出しますから、難しいですね。
人々が優しさで肉を食べない選択をしてほしいなら、私たちも優しさを忘れてはなりませんね。
ryomam17 (日曜日, 25 11月 2018 00:16)
@はなさん
なんと、タイムリーでしたか( *´艸`)
嬉しいお言葉ありがとうございます。
私は紛れもなく自分も正論だけで理解してもらおうと思いすぎていました。
表面上は私の自己満足でうまくいってるように思ってましたが思い上がりですね。
正しいと思ってても変えられるタイミングは人それぞれなんだと思います。
自分はすぐに変われても、すぐ変われない人もいます。
私はそんな当たり前のことにも気づけずにいました。